258人が死傷した兵庫県明石市の歩道橋事故で強制起訴された警察署の元副署長の裁判で、遺族が意見陳述を行い、悲惨な事故の記憶を語りました。
【当時2歳の次男を亡くした下村誠治さん】
「事故から守ってやれなかった、そのうえ何の手当も受けさせてやれなかったのです。生涯、自責の念が消えることはないでしょう」
法廷には事故で家族を亡くした人たちの声が響きました。
11年前、兵庫県明石市の花火大会で観客が歩道橋に閉じ込められて異常な混雑となり、多くの人が転倒し、11人が死亡247人が重軽傷を負いました。
当時、警備を統括する立場だったのは明石警察署の元副署長・榊和晄被告(65)。
ずさんな警備計画を作成し、当日も歩道橋の異常な混雑を放置して事故を引き起こした業務上過失致死傷の罪で強制起訴されました。
榊被告は、裁判で無罪を主張しています。
18日、次男を亡くした下村誠治さんら遺族3人が法廷に立ち、意見陳述を行いました。
【当時2歳の次男を亡くした下村誠治さん】
「(事故直後)なんとか起き上がった私の目の前には大きな人の山ができていました。頭を上にしている人足が突き出ているだけの人、血の気を失った多くの人が倒れ修羅場と化していました。現場にいた私たちにとって(榊被告の)無責任な証言は亡くなった11人への冒涜であり負傷者、遺族を傷つけ苦しめているのです」
意見陳述の間、榊被告は終始、下を見て何かをメモし続けていました。
【当時2歳の次男を亡くした下村誠治さん】
「(裁判所には)私たちや検察審査会の議決を受け止めて、初めての強制起訴なので(起訴議決を)反映された判決につながれば」
次回は、指定弁護士が榊被告に対する論告求刑を行います。
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